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イエス:愛に意識を集中して、皆さんの内部で高まる安らぎと充足を喜ぶ。 [イエス:ヨシュア]


イエス
Jesus



愛に意識を集中して、皆さんの内部で高まる安らぎと充足を喜ぶ。
Focus on Love and rejoice in the peace and contentment that arises within you.



June 11, 2017

ジョン・スモールマン経由
By John Smallman

 

あるのはただ愛だけです!

 

わたしがこの神聖なる真実を繰り返し伝え続けている理由は、それが繰り返す必要があるものだからです。

 

 

すべての皆さんがその日々の暮らしの中で携わり関与する皆さん自身に気付くその人間の状況が、皆さんの本質がそれ自体を表現する余地をほとんど残すことがない理由は、皆さんは一般的に、そこに現れる情緒と問題点にかなり巻き込まれているからです。

 

皆さんは、日々皆さんの内なる聖域である内面に向かい、その愛に溢れようとする意図、どのような状況が現れようともただ愛に溢れようとする意図を新たにするための時間を取ることが、必要になります。

 

皆さんはそれを行うことができますが、しかし皆さんは多くの場合、そうすることを選択しません。

 

何故なら、皆さんの自我は、皆さんの細心の注意を惹き付けているその話し合い、議論に、あるいは言い争いに勝つことを目指して、皆さんが防御的にそして攻撃的に関与するように働き掛けるからです。

 

その結果として、皆さんは、果てしなく繰り返される閉じた回路の中で、同じような古く痛みに満ちたゲームを演じている皆さん自身に気付く傾向があります。

 

後になって皆さんは、それがいつもそのように見えることを、不思議に思います。

 

 

それでも皆さんは、それを変えることができます。

 

愛は役に立ちます。

 

それは、皆さんがその個人的な空間の上を歩かされるか、あるいはその空間が侵害される皆さん自身を許すことを意味する訳ではありません。

 

皆さんは、連携が起こることなく、ひとつの有効な選択肢のようには見えない、外見的に実行不可能な状況の中に留まることが賢明かどうかを決めるために、優れた識別力を用いる必要があります。

 

今後も別の党派や他の党派が平和的にそして協調的に問題点を議論することがないひとつの状況に留まることは、無意味なことです。

 

関与する人々がお互いに充分にそして穏やかに話し合い、耳を傾ける準備が整うまでは、これからも進歩が起こることはないでしょう。

 

 

これは、諦めることではありません!

 

これは、他の人々に、それが他の人々の選択である時に対立した状態になる他の人々の空間を、認めています。

 

 

対立が止むことがあるのは、ただ関与する人々がその効果に対する非常に意識的な選択を行う時だけです。

 

対立したひとつの状況から離れることは、積極的に人々と対立した状態になろうとする者は誰ひとりいないことを人々が気付く時に、しばしばその人々をその感覚に連れて行く支援をします。

 

対立は、それを持続させる対立が必要になります。

 

そしてもしも人々が事実通り安らぎを望むなら、人々は対立に関与することはないでしょう。

 

そして、対立は他の人々を損なうことを追求する活動に基づくひとつの怖れであり、そのため人は、平和を確立するために決して対立を用いることはできません。

 

もしも対立が余りにも強引なものであるとすれば、それは一時的な停戦をもたらすかもしれませんが、しかしその状況を反転させて、その対立を再び始めるひとつの機会を伺いながら、恨みと敵意を残すことになるでしょう。

 

しばしば、この刷新を正当化するためにその理由を主張することは、最初の場所でその刷新を引き起こした理由とは極めて異なります。

 

 

しかし、ひとつの対立を開始するあるいは再開するための正当化は、決して成り立ちません。

 

対立は愛からの逃避です。

 

あるのはただ愛または怖れだけですが、しかし怖れは実在しません。

 

そのため、実際に、そして事実通り、あるのはただ愛だけです。

 

愛からの逃避が最も頻繁に引き起こされるのは、羞恥、価値の無さという感覚、そしてそんな者は受け入れ難く愛嬌がないというひとつの強烈な感覚、ほとんどの人が意識的に認めることができないひとつの状態によるものです。

 

何故なら、自分自身についてそれを信じることは、極端に苦痛に満ちたものになるからです。

 

そして言うまでもなく、それは完全に間違っています。

 

あらゆる人間が無限に愛される神のひとり児であり、それは決して変わることはありません。

 

 

幻影を構築して占拠することによって人類が経験することを選択した、その分離というゲームは、まさに恥辱的に感じます。

 

何故ならそれは、神の無限にして徹底的に無条件な愛のひとつの完全な排除を指し示すからです。

 

ただ皆さんだけが選択することができた、ひとつの排除が造るものです。

 

しかしそれは、幻影それ自体のように、実在せず、架空のものでした。

 

皆さんに対する神の愛を拒絶することが不可能である理由は、皆さんの永遠の在り方のあらゆる瞬間に、まさに生命力が皆さんを通して流れるからです。

 

皆さんは、生きています。

 

従って、皆さんは愛です。

 

そして皆さんは愛であるため、皆さんはそれを拒絶することができません。

 

 

皆さんにとってこのすべてがかなり矛盾して紛らわしく響く理由は、それがまったく論理的に意味を成さないからですが、しかし幻影は幻影的であり、実際に常軌を逸しています。

 

何故なら、それは存在しようとしないひとつの試みになるからです!

 

皆さんは、人間として生まれ、成長し、年を取り、そして次に死にます。

 

しかし皆さんは、全存在である神と統合され、融合された、永遠の存在です。そのため皆さんは、死ぬこと、すなわち、存在を止めることは、決してできません。

 

 

皆さんは、神とひとつである皆さんの状態のせいで、永遠に愛され、守られます。

 

恐れるものは何もありません。

 

恐れるものは実在しませんが、しかし、皆さんの卓越した能力のおかげで、皆さんが人間の身体を占有する間、皆さんが築き上げた幻影は、皆さんには否定できないほど現実的に見えます。

 

その身体は、皆さんが良く自覚するように、損傷を受けた場合には、強力な痛みを感じることがあります。

 

皆さんは、皆さんが人間として皆さん自身に認める限定された知性を利用します。

 

それは、皆さんの脳の中の化学的な相互作用の結果のように見えます。

 

しかし、その限定された知識は、皆さんではありません!

 

 

皆さんは、皆さんが占有することを選択したその人間の姿よりも、限りなくさらに一層巨大です。

 

そういった姿は、かなり厳格に制限された時間のひとつの人生を持ち、その終わりの時に皆さんは、その身体を横たえて、皆さんの事実通りの姿としての皆さん自身をもう一度認識します。

 

永遠に意識的な純粋な愛という生命の姿です。

 

そしてそれが、大喜びする理由です!

 

 

痛みと苦悩は幻影に属し、そして皆さんの物質的な姿に付随するものです。

 

皆さんが死の中でそういった身体を横たえる時、皆さんはもう一度、今まで皆さんがそこから隠れ続けてきた愛の領域に包み込まれている皆さん自身に気付きます。

 

そしてその経験は驚くべきものであり、全面的に言葉で表現することができないものです。

 

NDE(臨死体験)を経験したことがある人々は、今までその驚きを描写しようと試みてきましたが、その一方で、その人々は、その状態になっていた間にその人々を包み込み受け入れたその歓びと幸せと愛を、そしてその人々の人間の姿に生還してそのすべての怖れが消え去り、ただ愛だけが残ったことを、事実通り説明することは不可能なことを、強調しています。

 

 

しかし、皆さんの人間の死が、充分に生きている驚きを経験することを、何故待つのでしょうか?

 

その悪夢から目覚める一方で、依然として具体化されて地上の天国を経験する皆さん自身を意図して、それを認めてください。

 

皆さんがそれを意図して、それをただ愛に溢れた状態に維持する時、そして皆さんが愛である皆さんの本質を称えることを選択してそれに充分に携わる時、皆さんのひとりの人間としての人生の認知全体は、変わることになるでしょう。

 

今後皆さんは、世界の中にいることになりますが、しかし皆さんは世界に属することはないでしょう!

 

 

神は世界をそのようにしたことも、皆さんをその中に置いたこともなかったことを、そして皆さんがそれを行ったこと、また皆さんはその内部にいる間に愛または怖れを経験する選択ができることを、忘れないでください。

 

皆さんはすべて、自分達の人生に満足して幸せな、そして何が現れようとも完全に受け入れていている一方で、自分達が触れ合うすべての人々に思いやり、癒し、そして愛を提示している、親切で、肝要で、愛に溢れた人々に、気付いています。

 

あらゆる皆さんが、同じような行いを選択することができます。

 

皆さんを阻止しているまたは引き止めているすべての物事は、怖れおよび身のすくむそうだったらどうしように関与しようとする、皆さんの個人的な選択であり、その選択が皆さんに提示するものに過ぎません。

 

それは完全に皆さんの選択であり、その場で皆さんが皆さんの注意を集中させようとする、皆さんの決断です。

 

愛に意識を集中して、皆さんの内部に現れる安らぎと充足の中で、大喜びしてください。

 

 

皆さんの愛情溢れる兄弟、イエス。

Your loving brother, Jesus.





https://johnsmallman2.wordpress.com/2017/06/11/focus-on-love-and-rejoice-in-the-peace-and-contentment-that-arises-within-you/








翻訳★森のくまさま...ありがとうございます。

転載される場合には、出典を明記してください。

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